PART1 Chapter5 –Last Live-

<前編>
「こんばんはぁ!KALEIDOSTYLEでーす!」
「ラストライブ、盛り上がっていこうぜ!」
 2013年6月、雨模様の恵比寿。駅から歩いて7〜8分ほどのビルの地下にあるライブハウス。湿気と紫煙が立ちこめる薄暗がりの空間に、馴染みの観客の姿と友人たちが集まった。
 KALEIDOSTYLEはこの日でライブ活動休止となる。
 2012年夏の結成から1年弱。ファーストアルバムをリリースし、都内でライブ活動を重ねてきた。リンタロウの広報活動の甲斐あってラジオやテレビにも出演し、手応えを掴めていた矢先の、突然の「ライブ活動休止」宣言。
 名目は「セカンドアルバムの制作に専念するため」。
「Action!」
 笑顔で唄っているのは、セカンドアルバム制作にあたってエビスマルが見つけてきた第二期ヴォーカル・ミキだ。ステージの真ん中で、小柄な華がひらひらしたドレスを翻して軽快に回る。屈託のないキャラクターで目下アイドルの座を確立中だ。彼女の左右をギターのリンタロウとベースのミナトが固め、ヘヴィな旋律を奏でる。ステージアクションも打ち合わせなしの目線だけでタイミングが合う。そんな気まぐれな先輩たちのプレイに若干振り回されながらも、エビスマルが背後で黙々と性格なドラムを刻む。
「リンちゃーん!」
「ミキ姫—!」
 客席では見知った顔ぶれのファンがミキの煽りに合わせてコーラスを入れる。
 みんな、笑顔だ。
「みんな、ほんとにありがとう!」
 リンタロウは思わず叫んでいた。予定していたMCが頭から消えて、素直な気持ちが口を衝いて出る。バックステージから客席まで気になりすぎて、つい生真面目になりがちなリンタロウにしては珍しい現象だ。
 そんな親友の心中を察知して、ミナトが横から補足する。ミナトはその場の勢いで盛り上がりながら、同時に冷静に場の空気を読むのがうまい。
「えと、今日で一旦ライブ活動はお休みに入るんですよね」
「そう、ブログとかにも書いたんですけど、セカンドアルバムの制作に専念するためにちょっとお休みさせていただきます」
「じゃ、アルバムできたら戻ってくるということで、いいんですかね?」
「ですね。できたらね」
「いや作りましょうよ、そこはちゃんと」
「……ええ、もちろん!」
 メンバーの退場を追うように客席から沸き起こるアンコール。
「この続きを見たい人は、復活を願っていてください!」
 リンタロウのこの言葉で、KALEIDOSTYLEのステージは幕を下ろした。

「わっ!」
 楽屋に戻ったリンタロウを迎えたのは眼前を覆い尽くす巨大な花束。の、後ろから笑顔の女が現れる。栗色の長めのボブスタイルに、白いワンピース。茶系のメイクがナチュラルな陰影を作っている。
「おつかれーどすたいるっ!」
「弥生……もう出来上がってるのか?」
「うん!おいしいねぇ、このビール!」
 楽屋には、はるばるメンバーの地元から地ビールの限定商品が1ケース届いていた。
「っておい、それお客さんからの差し入れだからっ」
「ウソウソ、開けてないよー。あたしが飲んでたのはこっちー」
 なるほど、弥生の右手にはワインボトル、左手には真っ赤なワインがなみなみと入ったグラスが握られている。リンタロウは彼女の右手首ごと掴んでボトルを灯りにかざす。
「ほとんど空じゃん!そしてこのグラスはどこから……」
「駅ビルで買った!欲しい?」
 そこにミナトとエビスマルが戻ってくる。
「あ、弥生さんおつかれー」
「ミナトくん!おつかれーどすたいる!」
「あ、弥生さん、今日はどうも」
「エビちゃーん!おつかれー!!はい、差し入れ!ひとくちトンカツ!」
「わーい!」
『おつかれいどすたいる』はメンバーとファンの間でいつの間にか始まった言い回しで、今では合言葉のようになっている。
 弥生は、特定の恋人を作らないリンタロウが珍しく長続きしている女だった。年齢不詳……だが皆よりちょっと年上らしい。付かず離れずの距離感で、一年の間にバンド仲間たちとも馴染んでしまった。
 弥生は元々酒好きの女だ。付き合って一年ちょっと、夜でも昼でもお構いなしにとにかくよく呑む。よく笑う。酔うとどうでもよくなるの、なんて言って、全く束縛してこない。何時間待たせてもどこかの酒場で機嫌よく呑んでいるし、ドタキャンしても怒ったりしない。外出先や相手を詮索したりしないし、将来結婚したいなどと言い出したこともない。恋人や、まして妻など作れない立場のリンタロウにとっては、実に都合のいい女で、気が向いた時に気まぐれに遊んでいるうち、あっという間に一年が経っていた。本気か冗談か「女の子と遊んできたっていいのよー?」と、酔った勢いで言われることもある。しかし不思議とそういう女が一人いると他は必要なくなるもので、自然と落ち着いてしまった。
「こら酔っぱらい。着替えるから外で待ってて」
「やだやだやだ、解散なんてやだー!」
「何言ってんの、もう。っていうか解散じゃないし」
「嘘だーぁ」
 くだを巻く弥生をなだめて楽屋から押し出す。こんなやり取りをファンに見られたら、メンツ丸つぶれだ。いつもは楽屋まで来ることはないし、ここまで酔っているのも珍しい。深夜ならともかく、まだ21時になったばかりだ。ラストライブで彼女も少し昂ぶっているのか。
 初めて出逢った夜も弥生は酔っていた。そう、あの日も雨が降っていた……。
「嘘だぁ、もうこっちには戻ってこないんでしょう?ハルキ」
 リンタロウの身体がぎくりと強張った。
「未来に帰っちゃったらもう会えないんでしょう?」
 弥生の両眼が真っ直ぐにリンタロウを見つめていた。潤んでいるのはアルコールのせいだけではない。その視線を遮って、楽屋の重いドアが閉じた。
 ——何故、知っている……?

『アルバムができたら復活』。
 しかしそれは口実にすぎない。復活することはおそらくないだろう。いや、可能性はゼロではない。『本物の』リンタロウがその気になりさえすれば。しかしそんなことはおそらく起きないだろう。
『偽』リンタロウ……ハルキは焦っていた。
 来年には未来に帰らなければならない。
 リンタロウが2012年にエビスマルと共に立ち上げたKALEIDOSTYLEは、ファーストアルバムのリリースを皮切りに都内でライブ活動を重ね、2013年に入ってテレビやラジオなどのメディアへの出演など着々と活動の幅を広げてきていた。当初、リンタロウとエビスマルの2人だけだったメンバーも、ヴォーカルにエミリーを迎えた第一期、ヴォーカル・ミキ、ベースに親友のミナトを迎えた第二期と層が厚くなっている。
 普通ならば喜ぶべきところだが、リンタロウにとっては事情が違う。何故ならKALEIDOSTYLEを立ち上げたのはリンタロウの偽物……未来からやって来た『茂上ハルキ』で、2014年には本物と入れ替わり、もといた未来に戻らなければならないのだから。当初、好きな音楽を形にしたいというハルキのささやかな欲求から始まった活動が、いつの間にか様々な人間を巻き込んで広がりつつあった。
 初めは自分の音楽の手応えを感じて、どこまで行けるか試してやろうという気持ちだったが、メディアに露出するようになってハルキはふと不安に駆られた。過去へ来る目的は「ハルキの曽祖父のリンタロウと入れ替わって3年過ごす」。そしてルールは「歴史を変えない」。今の状況は歴史を変えることになっていやしまいか。そもそもKALEIDOSTYLEがどこの事務所やレコード会社とも契約しない方針で来ているのは、いつでもたたんで業界から姿を消せるようにという意図からだ。しかしこのままでは本物のリンタロウが戻った時にトラブルになってしまいかねない。そうなる前に、ゼロには戻せずともせめてバンド活動としての冷却期間を置いて、どう辻褄を合わせて言い訳するか考えなくては……というのが本音だった。
 しかし、この経緯は誰も知らないはずだ。ハルキが未来からやってきていることは、『こちらの』世界では誰ひとり知らない秘密のはずなのだ。
 なのに何故、弥生が知っているのか?

<後編>
 撤収後の打ち上げでも、ハルキは落ち着かなかった。
 ライブハウスを出た時には弥生の姿は消えていた。
 バンドメンバーとスタッフだけの打ち上げで、入った店は外国人客の多いパブだった。ビールを3パイントも呑んだのに酔いの気配が全く来ない。ライブ後の疲労感で食欲もあまりなく、つまみで出てきたフィッシュ&チップスの冷めて固くなった衣を会話の合間にしなしなとかじる。
 打ち上げが終わる頃、ようやく弥生からメールが入った。どうやら近くで飲んでいたらしい。「お店が地下で携帯の電波が悪くて」と言い訳している。
 弥生と合流する頃には日付も変わって、雨も上がっていた。湿気がまとわりつく夜風に白い麻のワンピースが涼しげだ。
「どうして、知ってるんだ」
 ハルキの正体を。ハルキが未来人だと知っているということは、リンタロウと入れ替わったことも知っているのか。いや、むしろ逆か?入れ替わった時に彼女はすぐそばにいたのだ。入れ替わりに気付いて、そして何らかの方法で未来人と気付いた……そんなことが有り得るのか?この時代にタイムトラベルについて知見のある者は限られている。弥生がそうだとはどうしても思えないし、まして恋人として一年も過ごすなど、どんな目的があるにせよ非効率的ではないか。
「君は何者で、何が目的なんだ」
「目的なんてないわよ」
 弥生は困ったように笑みを返す。先ほどのハイテンションな酔いは醒めたようだ。そして彼女の応えは、ハルキの予想を超えたものだった。
「じーつーは、私も、未来から来たのよ」
 ハルキの表情を確かめながら、ゆっくりと、彼女は言った。
「あなたは人類初のタイムトラベラー、茂上ハルキ。2101年に過去へタイムトラベルして3年後に無事帰還するのを、ITTAはじめ世界中の関係機関が首を長くして待っている……ニュースで、見たわ」
 思いがけない告白にハルキは言葉も出なかった。弥生は続ける。
「ハルキ、私も未来から来たの。2101年のあの未来に、私もいたのよ。あなたが無事タイムトラベルに成功したことを何らかの方法でITTAは確認して、あなたの情報を解禁したんだと思う。そこそこ大きなニュースだったわよ」
 ニュース、とは未来の世界でのことか。あちらを出発した現場に、ささやかな報道陣が記録していたのをハルキは思い出す。
「私はね、ほんとに偶然にこちらに来たの。信じないかも知れないけど……あなたが過去にタイムトラベルしたというニュースを見て、その何ヶ月か後よ。冬で、家に帰る途中だったの。深夜で、酔っていて……酔っ払ったまま、電車を乗り過ごして、知らない駅で降りたわ。とにかく家に帰らなくちゃ、と思って、走っていたタクシーをつかまえて乗って、降りたら、『こっち』……過去の世界だった……2003年、もう10年も前の話よ」
 ハルキは弥生の告白を聞きながら、自然発生ワームホールについての知識を総動員していた。つまり弥生は、ハルキが旅立った後の未来から、リンタロウと入れ替わるより更に10年前の過去へタイムトラベルしていたというのか。
「どこまでが『向こう』で、どこからが『こっち』だったのか……実はよく分からなくて。駅か、タクシーの中か、電車の中か、はしごしたお店のどこかで既にそうだったのか……でも、時空を超えちゃったことは理解したの。未来ではタイムトラベルに関連して色んな特集が組まれたから、安定的ワームホールと自然発生ワームホールの二種類があることは皆知っていたし」
 そう、ハルキが飛び込んだのはITTAが管理している安定的ワームホールだ。タイムトラベルの研究の過程で、人工的に作り出すワームホールとは異なる、自然発生するワームホールの存在が確認されていた。自然発生ワームホールと人工のワームホールの両面から研究が重ねられ、安定的ワームホールの開発に活かされてきたのだ。
「でもまさか、『こっち』で本物の茂上ハルキに出逢えるとは、勿論思っていなかったわ。最初に会った11月のあの夜、眠っている間に相手が入れ替わったのには流石にびっくりしたけど。酔ったせいで勘違いしてるのかな?と思って……私、いつも酔ってるわね」
 そう言って、弥生は可笑しそうに笑った。
「未来で観たニュースではあなたの映像も出たし、春にあなたに再会した時にはすぐ分かったわ……あ、これが入れ替わった茂上ハルキだ、って。それで、ああやっぱりあの日入れ替わっていたんだって確信したの」
 偶然。そんなことが起こり得るのか。ハルキは軽い眩暈を覚える。そして弥生は10年もこちらで生活していたのか。突然それまでの生活を失い、慣れない過去の世界で正体を明かすこともできず。それはどんな毎日だったのだろう。
 そして同じ未来から来たハルキに、どんな思いで接していたのだろう。
「じゃあ、君は俺がいずれ未来へ帰ることも知ってるの」
 弥生の目に涙が溢れる。答える代わりに、いやいやと首を振りながら俯く。たまらずハルキは弥生の頭を抱き寄せた。
「未来へなんて帰らないで……」
 掠れた声で弥生は言った。弥生はそっとハルキに触れる。伸ばした指先に触れるハルキの体温。弥生にとっては、見知らぬ過去の世界でようやく手に入れた、寄り添える存在だった。失うのはやり切れない。出逢った頃には予想もしなかったほど、この一年は楽しい日々だった。もっともっと一緒にいたい。
 その願いが叶わないことは弥生は最初から分かっていた。
 それでも、恋に落ちてしまったから。
 切なさが雨になってまたはらはらと降りだした。
 いつの間にか恵比寿から渋谷まで歩いて来ていた。人通りが増え、終電が行ってしまっても、お構いなしに若者たちが夜を楽しんでいる。
 霧雨に滲んだ街をあてもなく歩きながら、ハルキはぼんやりと考えていた。
 ——ワームホールのペアは一人分。
 一人しか未来には帰れないし、ハルキは未来に帰らなければならなかった。

8弦ギター女性ボーカルロックバンドKALEIDOSTYLEのオフィシャルWEBサイト