PART1 Chapter7 –Cosmic Flower-

 早春の淡い青空に、不意に歪んだ光の輪が出現する。人工的に管理された緑豊かな公園の一角。
 やがて光の輪……ワームホールから人間が転がり出る。
 弥生はその場に倒れ込んだ。ハルキのような訓練を受けた研究員と違い、慣れない時空旅行で頭の芯がクラクラする。それ以上に精神が疲れていた。ハルキとの別れが辛すぎて受け入れたくない。朦朧とした意識の中見上げると、青白い空にマウスが溶けていく最後の光の粒が弱々しく瞬いていた。
 ——あれにもう一度飛び込めば、戻れないのかしら……
 頭のもう片方で不可能を承知の上で、それでも願ってしまう再会。
 西暦2104年。
 弥生は未来へ還ってきた。

 5月、弥生のもとに小包が届いた。
 ——HAPPY BIRTHDAY YAYOI——
 中に入っていたのは、懐かしい世界の小さな機械……オレンジ色のiPod。ACアダプターと、見たことのない小さな器具は22世紀の電源への変換器だろう。
 そして短い手紙が付いていた。

 弥生
 君がこれを受け取る頃、俺はもうこの世にはいなくて、勿論君の住む未来にも帰らないだろう。
 俺は死んでしまったリンタロウとして、一生をこの時代に生きるつもりだ。
 そう決心して、もう20年も経った。
 染めていないのに銀髪だしね。
 なのに、俺の中の弥生はいつまでも若い。酔って楽しそうな笑顔ばかり浮かぶ。
 今思えば、夢の様な2年半だった。本当に、楽しかった。

 弥生。
 万が一にも、俺を待たないで。
 弥生は弥生の時間を、どうか幸福に生きてね。
           2032年5月10日 茂上ハルキ

 包みに記載されていた差出人の名前は桜木リンタロウ、行ったことのない北国の住所が書かれていた。矢も盾もたまらず弥生は鞄に最低限の荷物を詰め始める。行ったところでそこにハルキはいないことなど百も承知で、それでもハルキの気配の糸の先を掴むような気分で、弥生は夢中で身支度を整え家を飛び出した。
 車中の電源でiPodを充電しながら走る。
 東京から北へ600km。風が少し冷たい。
 示された場所は東北地方の山間の地区だ。途中で道が荒れ、人の住まなくなった古い家がぽつりぽつりと建っている。住所はその中の一軒だが、もはや土台の煉瓦が僅かに残るのみで、草に覆われ何も残っていない。家の裏手の防風林を抜けると、遠く山々を見渡せる開けた土地が広がっていた。
 そうして弥生は、透けるような緑の草地に、大理石でできた白い墓碑を見つけた。

RINTARO SAKURAGI
as KALEIDOSTYLE
11.19.2036

 力が抜けたように、弥生は膝をついた。
 ——会いたい……
 ——もう一度、ハルキに触れたい。抱きしめたい。あの熱い体温を感じたい。
 弥生は何処へともなく手を伸ばすがしかし指先に触れたのは冷たく白い墓標。
 ここが彼との別れの場所なのだと、静かに、静かに、納得する。
 もうこの先には手がかりはない。ハルキは死んだのだ。桜木リンタロウとして……。
 あの過去の世界で死んで、未来のこの世界には存在しないのだ。

 握りしめていたiPodの電源を入れると、懐かしいハルキの……リンタロウのギターが流れてきた。
 重くてしっとりとした7弦ギターの旋律はリンタロウならではの音。

 遠く遠く遠く時を超えて。
 いつかまた逢えたら……。

 この時空の、もう何処にも存在しないなんて、信じられない。
 声もなくこみ上げてくる涙が頬を伝い落ちて、白い墓石に染みこんでいく。
 嗚咽を飲み込み顔を上げると、高原の清涼な大気に薄い雲が流れていく。
 草原を風が渡っていくのが目に見える。春の陽を反射してきらきらと光る透明な緑。この景色は100年前も今も、きっと変わっていないのだろう。

8弦ギター女性ボーカルロックバンドKALEIDOSTYLEのオフィシャルWEBサイト