Part 2 Chapter7 —Reincarnation—

<前編>

 地球最後の日、そこには女神がいた。

 植民星は地球型惑星や衛星のうち重力・温度・大気の組成が地球とかけ離れない星を選び、地上あるいは地下に空気で満たされた居住空間を建設、星全体のテラフォーミングを試みつつ生活するというものである。住民は元々住んでいた国や地域などのコミュニティごと移動するのが基本的なパターンで、元の職業を引き継ぐ形で社会基盤を形成していく。また宇宙ステーションで生活することも可能で、少人数のコミュニティはステーションを拠点とした。
 しかし、やがて各植民星やステーション間の待遇の違いや、閉鎖的な居住空間に対する不満のはけ口を求めて、大小の諍いが頻繁に起こるようになってきた。更に地球に残った過激な武装集団が無差別に宇宙ステーションを爆撃するというテロを行うようになった。耐用年数を超えて廃棄されたシャトルを不法に手に入れた宇宙海賊も現れ、輸送船や移民船を襲っては略奪行為を繰り返した。警察や軍隊は植民星の保安・自治と開発で手一杯で、宇宙空間で起きる犯罪を取り締まるだけの余力はなく、宇宙が無法地帯と化していくのに対してはどの国も対策を取れずにいた。
 宇宙移民政策は一般の移民を大量に移動させ始めた時期から、徐々に行き詰まっていった。

「船長!もう限界です!」
 <彼方>は宇宙海賊の攻撃を受けていた。
 初航海から一年半、<彼方>が移民を送り届けた回数は11回にのぼった。その11回目、地球へ帰還する旅の途中だった。攻撃を避けようと方向転換を図るも、巨大な船体は小回りがきかない。他方、宇宙海賊は少人数乗りの機を十数機飛ばして、羽虫のように<彼方>に群がり追い立てた。爆撃の規模も小さいので、船体に付けられたひとつひとつの傷は浅いが、大量に浴びせられて船体は徐々に疲弊していった。中でも集中砲火を受けた箇所が間もなく破れようとしていた。
 司令室でモニターを見守るミキの斜め後ろには、いつもどおりヤマトが控えていた。
「脱出しましょう、姫」
「冗談じゃないわ。この船は、最後まで地球に残って頑張って生きている人たちの希望なのよ。船を棄てるなんてできない」
 もはや正常に運航している移民船は<彼方>を除いては残っていない。リンタロウのタイムトラベル脱出法も数十回を数えているはずだが、そろそろ限界だと聞いている。それでもまだ、地球には人間が残っていた。荒れ果てた大地の枯れ草を食むように生きている人々がいた。船が帰還するたび、天に掲げたたくさんの両手に迎えられた。その待ち望む手を裏切れない。
「しかし」
「……もう一度、ワープ航路に入りましょう」
「しかしどこへ……脱出先を探す前に燃料が尽きますよ」
 元々片道分の燃料しか積んでいない。地球はもう目の前で、燃料も残り僅かだった。
「地球に帰るに決まっているでしょう」
「こんなに近くちゃ無理ですよ。この船がどれだけ大きいと思っているんですか」
 ワープによる空間の歪みは運ぶ機体の質量に比例する。大型船の<彼方>は大気圏内でのワープは危険だ。
「でも行くの!つべこべ言わずにベルトを締めなさい!」
 仕方なくヤマトは船内アナウンスのスイッチを入れ、叫ぶ。
「総員ワープ体勢!」
 その瞬間、真正面に海賊船が回り込んできた。
 ドン!
 敵船からの砲撃を食らったと思った瞬間、船は間一髪でワープ航路に入っていた。そしてその直後、日本列島の上空70km付近でワープから出た。被弾かと思われた衝撃は、ワープから出た際に発生したものだった。乗組員はほぼ全員が時空酔いで意識を失った。シートに着いていなかったものは床や壁に叩きつけられた。
 ショックを受けてシートから弾かれたミキを、咄嗟にヤマトが押さえ込んで衝撃を和らげる。ヤマトはかろうじて意識こそ保っていたが、酷い吐き気と目眩に襲われていた。
 満身創痍の<彼方>は日本列島の北方、本州の北端近くにひっそりと不時着した。

<後編>

 —ここは、どこだろう。
 気付くとミキは暗黒に包まれていた。ぼんやりとした意識の中、目を閉じているのか開いているのか、それすらも判然としない。
 一瞬後、記憶が蘇る。
—そうだ、船が攻撃を受けて。
 記憶とともに心拍数が上がり脳が覚醒しだす。だがそれは肉体に慣れ親しんだ意識による錯覚で、相変わらず身体感覚の実感はない。
—ワープは失敗したのかしら……これは夢?
 夢だとしたら目覚めなければ。しかし。
—まだ漂っていたい……
 もしかしたらこれは夢などではなく生と死のあわいなのか。いや、それとも既に身体は死んで失われ、意識だけが残っているのかもしれない。だとしたらもとより目覚めることなど不可能だ。
—仮に目覚めることができたとして、わたしはこれから何処へ向かうの?
 父が遺した船を駆り、移民パスをもちながら置き去りにされてきた人々を植民星に運び続けてきた。しかしそれももう限界が近づいてきている。受け入れ側の許容人口は既に何処も100パーセントを超えている。開拓によって徐々に人口増加に対応していく予定だが、実現するには数十年から数世紀の時間が必要だろう。
 <彼方>はいずれ移民船を引退し、ひとつの移動コロニーとして運用していくつもりだった。しかしその「場所」を決めきれていない。宇宙空間は開拓者たちそれぞれの思惑が絡み合う「利権の海」と化してしまった。中立を保てるところは少なく、そこですら海賊の危険にさらされている。

 このまま本当に人類は滅びてゆくのだろうか。わたしはその時、どこにいるのだろう。何処かの星で地球の想い出をよすがに老いていくのか、地球に残り滅びの運命を共にするか、宇宙の果てへ向かう船の中か……考えても仕方のないことだ。そもそも今死んでしまっているのかもしれないというのに。
(いや、君はまだ生きている)
 リンタロウの声だ。どこからだろう?
(君は目覚め、「役割」を全うする。私は見た、未来のそこここに君が存在するのを。あるいは過去にも)
 過去?
(そうだ。姫も実際に体験しただろう。未来は複数存在する。選択肢の数だけ存在し、それぞれが独立した世界を構築する。その中には私が君を過去に……古代に飛ばす選択肢もあった)
 それが、見えるの?
(ああ見てきた。無論すべてではない。選択肢は無限にあるから。姫が時間屋に現れてから私は何度も未来へ飛んだ。でも私が見たいくつかの未来は、結局のところひとつの終末に帰結していた。地球は予想されている通り、実に忠実に、砂漠と汚泥の海に帰し、人々はおろか動物の影すらなかった。移民コロニーがひしめく銀河系は長い最後の戦争に入り、結果的に人類は滅亡を早めた。私は日本にいるITTAの所長に古代への時空間移民を提案した)
 リンタロウ、あなたは途方もない未来を過去形で語るのね。まるで全く別の世界からこの終わってしまった地球の歴史を語っているようだわ。まるで神か何かのよう。
(私は神ではない。ただの傍観者だ。むしろ姫、あなたこそが神となる)
 わたしが神?そんなものになりたいと思ったことはないわ。
(神といっても、創造主、絶対者としての神ではない。人々の心に神として認識されるのはその行動によってであり、君自身がそのように行動してしまうのだ。それが君の運命なのだろう。未来で君は最後の移民を乗せた宇宙船を駆って、遥かな宇宙へと向かっていた。根付くことのできる、新しい故郷を求めて。もうひとつの未来は君がタイムトラベルで過去へ……君は古代の日本で民を率い、新たな国家を造ろうとしていた)
 新たな国家って……そんなことをしたら歴史が歪んでしまうのではないの?
(姫、歴史はもとより歪んでいるのだよ。ITTAという組織では時空旅行で歴史を歪めることは最大のタブーとされてきたが、時空旅行をした時点で旅行者がどんなに気を遣っても歴史が全く同じ道を辿ることはない。たくさんの可能性の上をすべるように流れていく時間こそがこの世界だ。その時間のあやういゆらぎの上でたまたま拮抗しているのが『今』という瞬間で、その前も後も常に不安定にゆらいでいる。歴史はその存在する世界ごとに常に書き換えられ、新しい未来へと繋がっていく。だから君は何も心配せず、思うままに生きたらいい。あなたはやがて女王となり、神話では女神として語られ、歴史はそれを書き記すだろう)

8弦ギター女性ボーカルロックバンドKALEIDOSTYLEのオフィシャルWEBサイト