PART2 Chapter2 –Brand New Planet-

<前編>

 月軌道上には世界政府が管轄する大型宇宙ステーション「サテライト−Luna」が周っている。ステーション内には国際タイムトラベリング協会—通称ITTAの月支部<KAGUYA>が設置されているが、これは宇宙ワープ航法のためのワームホール管理が主な役割として置かれている。
 <KAGUYA>は支部長を筆頭に研究者が10名、技術者が20名、事務員1名と警備員という構成だ。世界各地にあるITTA支部の中では最も小規模な組織だ。ステーション内は世界政府軍が厳重な保安体制をしいているが、<KAGUYA>はワームホール発生装置とメンテナンス工場をもっているため、更に3名の警備員が常駐している。
 ニュー・トーキョー・シティで暴動が起こった日、ITTA本部から<KAGUYA>に来訪者があった。短く刈った髪は半分以上が白くなっていたが、初老、と呼ぶには肌は艶やかな褐色で瞳に力がある。東洋人にしては背が高く、チャコールグレーのスーツの下には、鍛えられた筋肉が全身を包んでいるのが分かる。彼は出迎えた支部長に人払いを頼んだ。プラットフォームに出迎えたのは、<KAGUYA>を率いる支部長タカヒロ・A……通称タカだ。30そこそこの若い支部長は、屈託のない笑顔で案内する。
「間一髪でしたね。今日は日本国内の宇宙港は全て閉鎖されていますよ。世界政府軍が監視にあたっていますが、暴動の鎮圧に出た日本軍と早くも睨み合いだそうで」
「いかんね。軍隊同士が協力せんで不信感を顕にしてたんじゃ、テロリストどもにつけいる隙を与えるばっかりじゃないか」
「でしょうね。しかしここにいて毎日地球を見下ろしていると、組織や国同士のいざこざなんて小さなことに感じてしまいますよ」
「復古主義なんてろくなもんじゃない。統一国家は確かにくだらんかったが、分裂して何が変わった……見てみろ、戦争ばかりしとった愚かな古代に戻るだけじゃないか」
 客人は眉根に皺を寄せて首を振り振りぼやく。タカは笑顔で相槌を打ちながら、彼を窓のない部屋へ通した。窓のない……はずが、ドアを閉め白々しい照明を消した瞬間、床、壁、天井に宇宙空間が広がった。足元には地球。地平線が白く輝く弧を描く。かつての草原は砂漠と化し、古い海岸線を飲み込んだ海は赤く汚染されているが、黒く暗い宇宙にあってまだなお青い地球。
「ご安心ください。窓の外は宇宙空間でドアは防音です。ここはITTA関係者以外は立ち入れないエリアの最奥部で、セキュリティレベルはトップです」
「何せこれはITTA本部内でも秘密裏のプロジェクトなのでね」
「ええ、しかし一口に秘密裏と言われても、どういったレベルのものなのでしょう?第一僕が関わっていいものか」
「貴殿には是非関わってもらわねばなるまい。ともすればITTAが分裂しかねない問題だが、このプロジェクトにはここ<KAGUYA>の設備が不可欠なのだ。貴方には賛同し協力していただく必要が、どうしても、ある」
「分かりました、所長」
 ITTAは設立当初から富士山の麓に研究所を構え、今もなお研究の中枢を担っている。客人……<ITTA-FUJI>の所長その人は、力強い両眼で真っ直ぐに相手を見つめて頷いた。年の功とでもいおうか、目を逸らしたり受け流したりは到底できそうにない重量感がある。しかし彼は息子ほどの歳若いタカを「君」ではなく「貴方」と呼んだので、タカはそう呼ばれるたびに老人の誠実を感じてしまうのだった。
「科学はこの数世紀、宇宙開発にばかり目を向けてきた。今や時間旅行はロマンと郷愁の埃をかぶった非実用的な分野となっている。しかしここにきて、汚染された地球からの空間的脱出論に対する時空的脱出論の可能性の是非が密かに論じられるようになった。すなわち過去への大規模移住である」
 タカの表情が凍った。
 所長は続ける。
「地球資源はもはや枯渇している。かつて宇宙暦2000年には地球上から人類をはじめとする哺乳動物の多くが絶滅すると言われてきた。その時が迫っている……否、もはや絶滅は始まっているのだ」
 宇宙暦1000年前後から深刻化した環境汚染と資源の枯渇、人口減少は、その後数世紀で更に進行し、人類が地球に住み続けることは難しいという結論に達していた。その解決策として、宇宙暦時代に開拓を進めた植民星への移住計画が進められている。植民星は主に銀河系内の地球型惑星で、地球から定期的にシャトルで移民を輸送する計画だ。
「現在進められている地球からの空間的脱出論、すなわち地球型惑星への大規模移住の問題点としては、安全性はさることながら、植民星の生態系破壊や資源枯渇などが懸念される。更にそもそも惑星の所有権なるものが存在すると仮定した場合、一方的に我々地球人類がそれを享受し得るものなのか。地球人類は惑星の長期的開発者としての能力が低いことは地球の現状を見れば明らかである。その我々の手に委ねられた植民星の運命は想像に難くない」
 宇宙空間に浮かぶ二人の足元には地球。かつてはもっともっと青かったであろう、美しいふるさと。
「それより何より現実問題として、地球人類を全て脱出させるだけの輸送方法がない」
「え?しかし政府は移民パスを発行していますよね。もう10年くらい前から?移民シャトルも何便も運行している」
「そのパスが足りていないのだ。正確にはパスの桁によって順番が永遠に回ってこない人々がいる」
「それは……確かに順番を待ちきれない人たちがたびたび騒ぎを起こしていますが、所詮は根も葉もない噂話とばかり。政府からの公式発表では……」
「都合の悪い事実を公表するほど馬鹿ではあるまい」
 所長は一蹴する。
「まず政府関係者と家族は優先パスによって確実に安全な植民星への移住が約束されている。これはまぁ当然のやり口だが」
 老人は更に声をひそめた。
「移民には遺伝子診断によって無傷とされた人々だけが選ばれる」
「そんな……!じゃ脱出できるのは全人口の3割に満たない?」
「それ以下だ。成人の7割が今現在薬を服用しているが、彼ら自身は勿論、彼らの子孫も選ばれない。胎児と15歳未満の子どもたちは、遺伝子情報がすべてデータベース上でふるい分けられる。勿論これらの選定についての一切は極秘事項で公表されることはないし、本人に知らされることもない」
「……そんな愚かな……病気に罹った人間は生き延びる権利がない?未知の惑星に移住するなら尚更、多様な遺伝子を携えていくべきではないのですか?」
「そこで起きる淘汰を受け入れるほどの余裕がないのだろうな。そして純粋にシャトルの椅子の数は限られている。運行燃料もいずれ底をつく。貴方なら分かるはずだ、移民シャトル自体のワープの耐用回数があとどれだけ残されているか」
 タカは沈黙した。
「新しいシャトルは今年に入ってもう製造されていない」
 所長はそう言って地球を見下ろした。その両眼にはそこに住む人々への哀れみが浮かんでいた。

<後編>

「それで、移民シャトルに乗れなかった人たちを過去へ?しかしそれこそ膨大なプランになりますよね。第一、過去へのタイムトラベルは」
「禁忌だと言いたいのだろう?それは当然承知の上だ。だがこのまま何も手を打たずに見過ごすことはできなかろう。方法があれば、懸けてみるべきではないかね。どっちみち失うものはないのだから」
 確かに、過去へ行けなかったとして残された道は、老いた地球と共に滅びるより他にない。禁忌を破る代償がどれほど恐ろしいものかは想像もつかないが、もとより滅亡する運命であればこれ以上何を恐れることがあろう。
 タカの脳裏を見たこともない情景が浮かんでは消える。それは枯れ果てた森や、どす黒く荒れ狂う海や、逃げ惑う人々や病に冒されて死んでいく子どもたち……。
 タカは顔を上げ、まっすぐに所長を見据えた。
「しかし、過去への大規模移住とは具体的にどう進めるのです?私は何をお手伝いすれば宜しいのでしょう」
「桜木リンタロウを知っているかね」
「いえ、初めて聞きましたが」
「では茂上ハルキは」
 タカは首を振る。
「西暦2100年代、初期ITTAの研究員だった茂上ハルキは、当時禁止されていなかった過去へのタイムトラベル実験に成功し、彼の曽祖父にあたる桜木リンタロウと入れ替わって生活した。当初は起点となった時代に戻る予定であったが、桜木リンタロウ本人の死によりそのまま過去に残ることになった。やがて桜木リンタロウは独自にワームホールの研究を進め、ITTAの創立に関わるようになる」
「え、ちょっと待って下さい。元々茂上ハルキはITTAの研究員だったのですよね?それがそもそもITTAを創立って」
「そうだ。桜木リンタロウがいなければITTAは生まれなかったかもしれない。しかしITTAがなければ茂上ハルキは桜木リンタロウに成り代わることはなかった。そもそも桜木リンタロウなどいなくてもITTAは存在していたはずなのに、同一直線上の時間軸に同じ人物が時を置いて二度作用している。これが『時空の歪み』だ」
「タイムパラドックス……ですか」
 時間旅行を語る上で無視することのできない理論。しかし実際にその現象を確認した例は数少ない。
「そう。しかも彼は時空を超えて様々な時代に出入りしていることが分かっている。もはやその存在は伝説と言ってもいいかもしれない。当然ITTAの管理外で、公式な機関はどこも彼の存在を認めてはいない。しかし、彼は現にいるのだよ。いまこの瞬間も」
「……時空を行き来する術を、彼は知っているということですか?つまり、禁忌である過去へのタイムトラベルも、彼は行っていると?」
「そうだ。禁忌を犯すからには何かしらの代償が払われるはず。しかしその内容は明らかになっていない。禁忌を犯すと時空が歪む。時空の歪みによって何が起こるのか、誰も知らないのだ。桜木リンタロウはそれを知っているのではないかと、私は考えている」
 時空を自在に操る方法。それがわかれば、この星から脱出する人々を安全に避難させることができる。
「桜木リンタロウはタイムトラベルのスペシャリストだ。今回の過去への民族大移動計画は、彼の手を借りようと思う」
「えっ……!?」
「ネオ・ホンコンに、時間屋という店がある。桜木リンタロウはそこにいるはずだ」
「ネオ・ホンコンのブラックマーケットですか!確かにそこなら国籍がなくてももぐりこめますね」
「そうだ。そこへ行ってリンタロウとコンタクトをとってもらいたい。私が動くと目立つのでね……脱出を速やかに進めるために、民衆にはぎりぎりまで情報を漏らさないようにくれぐれも留意してほしい。ただでさえ移民パスが回ってこないので皆ピリピリしている。日本では昨夜クーデターが起きたが、このまま鎮圧されて終わるとは思えない。国王が討たれたという噂が真実であればしばらくは混乱が続く。これが火種になって燃え広がる前に手を打たねば」
 思いがけない指令を受け、タカは呆然としながらも了承した。元来ノーと言える立場ではない。しかし彼は、リンタロウが何者なのか、クーデターの延焼がどれほどに及ぶのか、正直なところ想像しかねていた。
「歴史を変えてはならないという信念のもと、過去へのタイムトラベルを禁忌としたのは我々自身だ。破れば時空が歪む。時空を支配する物理法則は運命を司る……まさに神の領域だ。歪んだ時空がどこへ続くか、誰も推し量ることはできない。しかし歴史を編むのが人類である以上、歪んだ歴史を選ぶ権利もあるはずだ」
 タカは青く浮かび上がる地球の、闇に沈んだ夜の側を見つめて呟いた。
「……どちらにせよ、未来はない……」

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