PART2 CHAPTER4 –歪んだ時空-

<前編>

**王宮/外/AM3:30**

 この時代の通信手段は腕時計型の総合通信器だ。音声認証で(この時代はどれも音声認証だ)通信相手を呼び出し、互いに映像を写しだして通話する。また音声を文字情報に変換して相手先に表示するメール機能もついている。更にGPS機能で互いの位置も表示させることができる。
 リンタロウのそれは時間屋仕様に改造され、今いる時空の座標もわかるようになっている。
  リンタロウとエビスマルは王宮内の騒動から身を隠し門外に潜んで様子を窺っていた。リンタロウとエビスマル、両方の時計が同時に光った。リンタロウは青、エビスマルは赤。ヤマトからの通信だ。
『王宮は賊に占拠されている なんとか逃れたので落ち合おう』
 しばらくして、桜田門より逃れ出たヤマトたちは大回りで桔梗門外に戻ってきた。
 返り血を浴びたヤマトと放心状態のミキを見て、リンタロウはおおよその事態を察した。
「国王は賊の手により崩御された。首謀者は鹿丸とか言っていた。反逆者リストと照らせば本拠地と協力者が分かるかもしれないが、我々が単独行動を続ける限り反撃はできないから態勢を整える必要がある」
「ではこのまま仲間を探すか?それともまた時空を遡ってみるか?」
 ミキはうつむいたままだ。助けたはずの父が目の前で息絶えていくショックは計り知れない。それも二度も。
「仮にまた国王が殺される前の時間に更に遡ったとして、鹿丸の正体がわからなければ対策を立てようがない。過去に戻るとして、どの時点に戻れば止められるか」
 ヤマトは細長い顎に手を当てて少しの間考えて、
「……我々は一旦亡命しようと思う。今のままでは情報が少なすぎる」
 ミキがヤマトを見上げた。
「どこへ行く?」
 リンタロウの問いに、ヤマトは無言で白み始めた空を指差した。

 また反逆の前の時空に遡るならば、あまり時間が経つとタイムトラベルが時空に及ぼす影響が大きくなり危険だというリンタロウの意見で、24時間後に落ち合うこととした。場所は鹿丸のアジト。門外でミキたちを待っている間にエビスマルが場所だけは突き止めたのだ。
 リンタロウには、父王を殺されたミキを気遣って言えなかったことがあった。
 時空の謎は解明されていない。それは神の範疇だと言った。この小柄な姫は殺される運命の王を救い、崩壊する運命の世界をなんとか保とうとしているが、果たしてそれが正しいのか。「正しい」とは何だ?人は皆信念に基づいて行動するしかない。誰もが己の考えを正しいと信じ、そこに絶対の正義などない。もしくはそこら中に正義は転がっている。戦い、殺し合う、その双方に正義はある。命を奪い合うほどに安っぽくなっていく正義が。
 そんなもののために戦うのかと、あるとき気付く。しかしその時はもう遅い。殺された命は憎しみを生み、肥大化し、空疎な正義を飲み込んで新たな殺戮を求める。憎悪の連鎖は止められない。人類はそうやって滅びへの道を歩み続けてきた。
 月へ向かったあの男も、恐らくは気付いているかもしれない。
「……歴史は変えられても」
 運命は変えられないのか。死の運命。滅びの運命は。
「だとしたら国王を救うすべはない」

**王宮/中/AM5:00**

「キューブがないだと!?ひとつもか?」
 宮殿の大理石に鹿丸の声がこだまする。
「地下の貯蔵庫は水と栄養ドリンクがちょびっとと、古い米が100袋ばかりあるっきりだ。ボスの言ってた、配給でもらう四角いやつは一個もねぇっすよ」
「話が違うじゃねぇか!おい、どういうことだ?ちゃんと探したのか?」
 鹿丸が報告した男の胸ぐらを掴みかけた時、別の仲間が広間に駆け込んできた。
「ボス!横須賀から連絡が入った。ヘリが10機飛んで来るぜ」
 軍の基地に張り込ませていた斥候からの連絡だ。
「ちっ……動きが早いな。あと1時間はもつ予定だったが」
 基地から武装ヘリが飛び立ったということは、襲撃が外に漏れたということだ。まだ外は静かだが、王宮から市街へ出る門は警察部隊が包囲しているはずだ。間もなく検問も始まるだろう。
「米、持って帰ります?」
「米なんざいらねぇ!」
 高い窓から朝陽の最初の光が差し込んできた。
「丸さん、こりゃダメだ、一旦引きましょうや」
 鹿丸の横に居た男が、鹿丸の肩に手をかけて言った。ガスマスクで顔を覆っている。態度からして下っ端ではない。
「軍隊が本気で戻ってきたら勝ち目はねぇよ。目当てのもんはここにはないんだし、出直すのが得策ってもんだぜ」
 鹿丸は肩に置かれた手を握り返し、渋々頷いた。荒々しい表情に苛立ちが際立つ。
「おい!引き上げだ!門には近付くなよ!」
「アジトが割れてなけりゃいいが……」
 マスクの男が呟いた。

 広間には、さながら天井桟敷のように二階部分にぐるりとテラスがあり、広間の隅にはそのテラスを超える高さの大きなパイプオルガンもあった。テラスにも見張りが二人ほどうろうろしていたが、制圧が済んでいるためか心なし警戒が緩い。撤収の合図を聞いて、バタバタと引いていった。
 そのテラスの隅、パイプオルガンの陰で、人影が動いた。ミキとヤマトと別れたリンタロウとエビスマルが忍び込んでいたのだ。方法は説明するまでもない。
「……キューブ?」
 極限まで押し殺したエビスマルの声。
「ああ、そう言っていたな」

**サテライト−Luna/AM7:00**

 宇宙ステーションの無機質な廊下を紺色のスーツに身を包んだ青年が足早に歩いている。スーツといってもテーラードではなくジップアップで、身体にフィットしたデザインはそのまま宇宙服を着込んでもいい仕様だ。襟口と袖口、脚の両脇に白と黄色のラインがあしらわれている。エントランスに続く銀色のドアを開けると受付の女性に尋ねる。
「日本からの亡命だって?」
「はい、Mr.タカ。プライベートエリアでお待ちです」

 プライベートエリアのデザインはステーションの他のエリアと異なり、主の好みでアレンジされている。使い込まれた無垢材と黒い鉄材を組み合わせた家具に、ヴィンテージレザーのソファ。同じく無垢材を張った床には毛足の長いシャギー素材のラグマット。そのラグの上に長い脚が遠慮の欠片もなく仁王立ちしている。傍らのソファにはフードを被った小柄な女性が座っていた。
「遠くまでようこそ姫。……大変でしたでしょう」
 反乱の速報がステーションにも入ったばかりだ。女の顔は半ば隠れているが、近衛隊のヤマトが護衛している女性なら一人しかいない。
「ありがとう。ミキでいいわ」
 ミキは小さな声で応えた。
 憔悴したミキの様子を見て、タカは温かいミルクティーをいれた。
「ちょっと休ませてもらえるか?」
「もちろん」
 タカは姫とヤマトに一部屋ずつ寝室をあてがい、それぞれに一人ずつ護衛をつけた。
「すぐにはムリかもしれないけど、信用していいからね。知っての通りステーションは世界政府軍の管轄だが、彼らはどこの政府にも属していないITTAお抱えの警備員だ。こういう組織は中立であることが何より重要だからね」
「姫の護衛は俺で十分だ」
「まあまあ、そう言いなさんな。君にも休養は必要だよ。何日も寝てない顔してる」
 タカは片目を瞑って微笑み、人差し指でヤマトの鼻先をつつく。タカの身長はヤマトの肩くらいなので見上げるような形だ。
「あまり時間がないんだ。時間屋に行ってきたよ。それでクーデターそのものは止めたんだが」
 ヤマトはそこまで話して、タカの怪訝そうな表情に気付いた。
「時間屋?」
「そう、ネオ・ホンコンの闇市場の時間屋だ。タイムトラベルができる……もしかして、知らないのか?」
「初めて聞いたな」
 ヤマトは愕然とした。そんなばかな。そもそも時間屋の存在をヤマトに教えてくれたのは……
「それで、君らはネオ・ホンコンの時間屋とやらに行っていたのか?それで知らないのか、今朝日本で反乱が起きて」
「知っている。その場にいたからな」
 今度はタカがおや?と思う。ヤマトはたった今「クーデターは止めた」と言っていなかったか?しかし反乱は実際に起こって今なお混乱は続いている。長いマントで隠されているが、ヤマトの服にはべったりと血糊がついている。彼は、一体何処で、誰と戦ってきたというのか。
「……確かに俺もちょっと疲れているのかも。少し休ませてくれ」
 ちょうどその時、部屋のインターホンが鳴った。
「Mr.タカ、来客です」

 応接室のドアを後ろ手に締めながら初老の客人を出迎える。タカの笑顔を見て、相手の男も破顔した。
「間一髪でしたね。今日は日本国内の宇宙港は全て閉鎖されていますよ。世界政府軍が監視にあたっていますが、暴動の鎮圧に出た日本軍と早くも睨み合いだそうで」

**病院跡/AM7:10**

 鹿丸たちが向かったのはトーキョー・シティの西寄りにあるスラムだ。かつて新宿と呼ばれ栄えていた頃の面影はなく、廃墟となったビルや道路のコンクリートを突き破って背の高い雑草が生えている。路地はじめじめと暗く、下水や排泄物の臭気が立ちこめて、時折、肥った鼠や野良猫が走っていく。
 その中の一角に白く大きな建物があった。20階建くらいだろうか、もとは病院だったようだ。
 鹿丸が入っていくと、中にいた仲間たちがどよめいた。
「マルさん!成功しましたね!」
「イヤッホウ!これで未来が開けるってもんだぜ!」
「おう!だが気を抜くな。すぐにここも手が入る。みんな、打ち合わせ通りに首尾よくいけよ!」
「うぃっす!!」
 威勢の良い返事が幾重にも重なる。
 この病院跡が鹿丸たちのアジトだった。

 リンタロウとエビスマルは建物の外で様子を窺っていた。入り口はひとつで見張りが5〜6人いる。とても真正面から忍び込めたものではない。仕方なく廃病院を取り囲む廃ビルのひとつに身を潜める。
「エビスマル」
「なんすかリンタロウさん」
「あそこに攻め込んでも、勝ち目はないよな」
「そうっすねぇ……」
「彼らの目的もわからんし、国王が亡くなった今、交渉する材料もない」
「ふむふむ」
「そうなんだ。だから」
「はい」
「私はちょっと『旅』に出る」
「え、あ、ちょ」
 エビスマルが意味のある言葉を発する前に、リンタロウは淡い光に包まれてその場から消えた。
「……って、あ〜〜〜〜、もう……いっつも勝手なんだからっ!」

 リンタロウが戻ったのはきっかり一時間後。戻るなり
「寝る」
「えーーーー!!!」
「静かにしろ、見つかるじゃないか」
「だってリンタロウさんが……」
「あ、ミキたちから連絡があったら、集合場所を変更だと伝えておいてくれ」
「え?どこへ?」
「王宮だ。ヤマトに侵入しやすい場所を聞いとけ。本物の悪人の顔を拝んでやる」
「はぁ……」
 既にリンタロウは寝息を立てていた。
 エビスマルはガラスのない窓から外を見る。塵芥と雑草で地面が見えないスラム街を、オレンジ色の朝陽が照らしていた。

**サテライト−Luna/AM8:25**

 ミキとヤマトが最初に時間屋を訪ねる前、ヤマトはタカに会いに来たのだ。
 あの日、桔梗が陸軍大隊を率いてクーデターを起こし、王宮は火の海になった。ヤマトはちょうど外出していたミキの護衛についていた。市街は反乱軍に制圧され、あちこちに戦車が止まり主要な官庁に砲口を向けている。鹿丸の反乱などより余程大規模で容赦のない攻撃だった。焼け落ちた王宮には戻れず、反乱軍の目につかぬよう混乱した市街を逃げ回り、夕刻近くにようやく月のステーションへ脱出する商業船に潜り込んだ。
 ステーションに着いたのが午後7時。ヤマトはステーションに常駐している昔なじみの友人のタカに面会を求めた。
「ようこそ<KAGUYA>へ。驚いたよ、何年ぶりだろう?」
「やあたっちゃん。……元気そうだな」
「ヤマトはちょっと疲れてるね。何か飲む?」
「いや、いい。……紹介させてくれ」
 ヤマトは言ってソファの人物に向き直った。
「姫、こちらがITTA月支部の支部長タカ。軍学校の後輩です。たっちゃん、こちらはミキ。私の主人だ」
 王女、という肩書はあえて使わない。相手が味方とはいえ馴染みのない場所で、誰が聞いているかわからない。しかしヤマトの身分を知る者なら今の説明で十分伝わるはずだ。
「遠くまでようこそ姫。……大変でしたでしょう」
「ありがとう。ミキでいいわ。クーデターの件は……」
「勿論存じ上げております。何かお力になれることが?」
「ここへはヤマトのつてを頼って来たのだけれど、ここがITTAの組織なのであればひとつ相談があるの。……過去へ……クーデターの起こる前へ行きたいの。クーデターを止めたいのよ」
 タカは驚きながらも王女の説明を聞いていた。そして提案したのだ。
「申し訳ないのですが姫、私には姫を過去へ連れていくことはできません。今のITTAには過去へのトラベルの設備も経験値もないのです。規約にも違反します。KAGUYAの支部長の立場では、ご要望にお応えするのは、非情に残念ですが不可能です。しかし……時空を自在に行き来することができる者がいると、聞いたことがあります。そう、ほんのつい先程の話ですが」
 それが『時間屋』の『桜木リンタロウ』だった。

 ヤマトは、タカが用意してくれた狭い個室のベッドに仰向けになって、そこまで思い返していた。
(そうか、タイムトラベル前にここへ来たのは今日の夜だったんだ。ということは、タカは俺たちがタイムトラベルしたことを知らないのか)どころか、時間屋の存在も知らなかった。つまりこれが……、
「……時空の歪み、か?リンタロウ」
 ちょうどその時、ヤマトの腕時計が光った。エビスマルからの通信だ。
『えーと、無事ですか?予定がちょこっと変わりまして、集合場所を王宮に変更したいんすよ。あ、それで、中に入りこみやすい場所はあるか聞いとけってリンタロウさんが。時間は明日朝4時で変更なしで』
『了解。……そこにリンタロウはいるか?』
『いますよ。……寝てるけど』
『そうか、じゃあいいや。また明日な』
 待ち合わせ場所を決めて、通信を切る。
 リンタロウに聞いてみたかった。だが実は、何を聞きたいのか、ヤマト自身はっきりとしていなかった。もやもやとした疑念のような、不安のような。
(歪んだ時空で何が起こるのだろう。
 我々は時空の摂理をまげてまで国王の死を退けたはずなのに、また殺されてしまった。
 これは何を意味するのか?)

<後編>

**病院跡/24時間前**

 リンタロウは思わず口元を覆う。熱気がこもって蒸し暑く、膿の臭いと消毒用アルコールの臭いが混ざり合った酷い空気だ。
 リンタロウはエビスマルを残してタイムトラベルし、更に24時間前の鹿丸のアジトに潜り込んでいた。『二度目の』反乱の起こる日の朝方。鹿丸たちはこの日の夜か、早くても夕方に王宮を攻めるはずだ。
 まっすぐ伸びた廊下の左右に病室が並んでいる。病室や廊下に人が溢れていて、椅子やベッドの数が足りないらしく、半数ほどは地面に座り込んでいる。武装したゲリラたちは10歳程度の子供から4〜50歳代まで年齢はまちまちで、女性も多い。兵士の他にも、その家族だろうか、戦闘能力のなさそうな人も多い。ベッドは大体誰かが寝ていて、座っている者も兵士たちも大部分は顔色が悪かったり包帯を巻いていたりしている。
 よく見るとここにたむろしているのは、
「……病人……ばかりか……?」
呟いた瞬間、背中に硬いものが押し付けられた。古風なアサルトライフル。誰にでも扱える戦場用の武器だ。既に西暦時代にレーザー銃が実用化されたが、個人戦闘用の兵器としてはまだ開発に課題を残したまま世界標準暦時代にこの種の兵器は生産が凍結されている。代わって核兵器と同レベルの破壊力を持ちながら環境負荷が少ない宇宙開発用の兵器の開発が進み、戦闘用兵器は進化から取り残されていた。結果、紛争地域では数千年前から変わらない火器が未だに現役で使用されていたりする。
「誰だ。どっから入った?」
 リンタロウは両手を挙げる。
「鹿丸さんにちょっとね、『キューブ』のことで情報を」
 背中の銃口がピクリと反応した。
「そのまままっすぐ歩け」

 建物5階、[応接室]と書かれたドアの向こうから、何やら重低音が響いている。
「またかい」
 鹿丸が呟いてドアを開けると音の洪水が一気に溢れだした。
 部屋の中は薄暗く、カーテンのすき間の光を遮って黒い影がリズムに乗って身体を動かしている。男はドレッドヘアにヘッドフォン、顔にはガスマスク。男の周りには何やらつまみやボタンのたくさんついた機材やら大小のスピーカーやらが積み上げられて、まるで黒い要塞だ。極めつけに音の弾幕。重低音のリズムに電子音が幾重にも重なり、部屋を震わせている。
「おい、喪舞さん!」
 鹿丸は大声で呼ぶが、聞こえた様子はない。
「喪舞さん!!」
 再度呼びながら鹿丸はずらりと並んだつまみを適当にひねった。
「うわっ!」
 ガスマスクはようやく気付いて振り返った。
「おー!マルさん!いつの間に!」
「さっきから呼んでる!」
「え!?」
 どうやら音が大きすぎて本人も聞き取れないらしい。
「お、と、を、と、め、ろ!!!」
 鹿丸が怒鳴る。ああ、と言ってガスマスクはボリュームを下げた。
「まったく……おい、侵入者だ。入れ」
 鹿丸の合図で入り口に兵士が現れ、リンタロウを部屋に入れる。
「誰?」
 ガスマスクが聞く。
「知るか。それをこれから尋問すんだろが」
 ピリピリしている鹿丸と対象的にどこか呑気な様子のガスマスクだったが、リンタロウがこの二人の前に引き出されたということはどうやらこいつらが首謀者らしい。
「私はリンタロウ。ネオ・ホンコンで商売をしている。日本で反乱が起きると聞いてきた。その間に仕入れた情報だ。王宮に『キューブ』はない」
 リンタロウは言葉を選んで説明する。嘘ではない。現に鹿丸がそう言っていたのだから。
 鹿丸とガスマスクが顔を見合わせる。
「あんたがたは王宮を襲うつもりだろ?」
「てめぇどっからそれを……」
 鹿丸の問いには答えずにリンタロウは続ける
「目的は国王の暗殺。しかし真の目的はそうじゃない、『キューブ』だ。そうだろう?」
「王宮にキューブがないだと?どういうことだ。じゃどこにある?キューブは全部政府が管理しているはずだろう!」
「そこまでは知らん。私は外国人だ。しかし王宮にキューブはない、これだけは確かだ。それでも国王を手にかけるか?」
 きり、と鹿丸は唇を噛む。こいつは何を知っている?何が目的だ?敵か?味方か?侵入者の意図が図りきれずに苛立つ。
「……じゃあどこにある!?」
「それは知らない」
「じゃ話にならんだろうが!」
「キューブが手に入らなくて困るのは私じゃない。信じるか信じないかはあんたの勝手だ」
「……渡辺!」
「はい」
 リンタロウを連行してきた男が応える。
「5〜6人連れて王宮へ行って探ってこい」
「こいつを信じるんですか?」
「念のためだ」
 渡辺と呼ばれた男が出て行く。
「それで?お前の目的は何だ?俺たちを止めることか?」
「それもあるが、知りたいんだ。何故キューブが必要なんだ?」
「お前、知らないでここへ来たのか?」
「私が知っているのは君たちが王宮を襲うこと、キューブが王室にないこと、それだけだ。君たちの目的がわからない。それを知りたい。何故、キューブにこだわる?」
 ガスマスクの男が会話に入ってきた。
「あんたの国にはキューブはないのか?」
「ネオ・ホンコンでは見かけないね。少なくとも、配給はされていない」
「日本じゃキューブは配給制だ。全部受け取り主が決まってて、そいつの持病に効く薬が調合されているんだ。不況だってんでこの一年くらいですこーしずつ減っちゃきていたんだが、それでもなんとかやり過ごせてたんだ。こいつがこの2ヶ月ほどばったり切れやがったからたまったもんじゃねぇ。みるみるうちに病気が悪化してった。しかも上流だかなんだか知らねぇけど、金とか地位とか持ってる奴らには今までどおり行き届いてるらしくて、ニュースにもなりゃしねぇ。要するに、俺ら貧乏人はこの国から見切られた、ってことだな」
「それでキューブを奪うつもりか」
「ここを見ての通りだ。キューブ不足で皆、次々と病に冒されていく。皮膚が爛れて肉が露出したままの者、咳が止まらず喉が裂けた者、血が凝固せずに流れ続ける者、寝ても起きても悪夢に苛まれ気が狂った者……みんな、キューブの配給が止まったせいだ。こいつらは全部、キューブに練りこまれた薬の禁断症状だ。俺の……」
 家族も、という言葉を鹿丸は噛み殺した。駄目だ。言葉にすると弱さが押し寄せる。弱さに飲まれると崩れてしまう。
 しかしリンタロウは口の動きからそれを読み取っていた。ふと、病室で遊んでいた幼い子供たちの姿が目に浮かんだ。彼らも内臓や皮膚が壊れているのだろうか。

 しばらくして渡辺から連絡が入った。
『マルさん、キューブはあるぜ。王宮の地下倉庫に』
「そうか」
 鹿丸はリンタロウに向き直る。
「聞いたか?キューブはあるってよ」
 通信は続いている。
『それが、さっき格納庫へ移送された。すごい量だ。二十人がかりで運び出された』
「格納庫?」
『シャトルがある』
 皆の顔色が変わる。ガスマスクが呟く。
「ヤツら、キューブを独り占めして脱出する気だ……」
「畜生!どこまで腐ってやがる!」
 鹿丸は紅い髪を逆立てんばかりに激昂する。一方ガスマスクの男は、対照的に常にどこか飄々としている。
「で、どうする?」
「決まってる、シャトルを襲う!王宮の占拠なんざ二の次だ。一刻も早くキューブを手に入れないと……!」
「俺は行かねぇぜ」
「えっ?」
「俺は残って曲作ってるわ。もうすぐ仕上がりそうなんだ」
「……勝手にしろっ!」
 吐き捨てて鹿丸は靴音荒く部屋を後にした。

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