Part 2 Chapter5 –Sacrifice–

<前編>

 約束の時間、再び王宮に集まったのはミキとヤマト、リンタロウとエビスマル、そしてタカの5人。ヤマトがタカを紹介する。
「月から一人、助っ人が来た」
「ITTA月支部のタカです。ヤマトとは古い友人で。はじめまして、桜木リンタロウ。……お会いできて光栄です」
 少し間を置いて出てきた最後の一言は、タカ本人ですら自覚していなかった本心だ。時空を研究する者として、時空を自在に旅するというリンタロウの存在は脅威だった。聞きたいことがたくさんあった。それ以前に協力を仰がねばならぬこともあった。しかしこの時、リンタロウは彼と会話を続ける気はなかった。鹿丸らの王宮襲撃から一夜明け、市街は混乱が広がりつつある。
「時間がない。すぐにタイムワープする。早く…」
 早くこの事態を変えなければ。暴動が広がり、多くの犠牲者が出る前に。
「どこへ?」
「48時間前。目指すは王宮のシャトル発着ポートだ。ミキ、大丈夫か?」
「だいじょうぶよ」
 ミキは笑った。
「今度こそ助けるわ」

 ワームホールを抜けた5人はヤマトを先頭にシャトルの発着ポートを目指して走る。ミキは駆けながら空を見上げた。色褪せた空に白い月が浮かんでいる。この日を何度迎えただろう、とミキは思った。
 リンタロウが時間を止めて、一行は王宮内へ侵入する。
 王宮は宇宙暦時代に設計され、幾度かの改修・増改築の手が加えられている。ガラスとコンクリートで複雑に組み上げられた最先端の高層建築に、重厚なゴシック様式の装飾が施された、世界でも有数の建築美を誇る宮殿だ。対象と非対称が連続的に組み合わされ、見る者の位置が一歩ずれるごとに全く違う表情を見せると言われている。内部もまた、広間や執務室などの政庁は東西の伝統的なインテリアを取り混ぜて作られているが、バックヤードの管理・警備、事務方の職場などは一変して無機質で無駄のないエリアになっている。
「ここだ!」
 王宮の地下深く、巨大な鉄の格納庫の前でヤマトが止まる。シャトル発着ポートだ。ミキの音声に反応して扉が開く。
「これは……近距離シャトルじゃない!?」
 近距離シャトルは通常、地球の周囲を回るステーションや、せいぜい火星くらいまでの距離を往復する宇宙船だ。しかしそこにあったのは、まるでビルが丸ごと置かれているような巨大な船だった。大きすぎて全体の形状がわからないが、ゆるやかに弧を描く外縁から想像するに、円盤に近い形をしているようだ。
「……移民船だ……」
「こんなもの……一体誰が……」
 掠れた声でミキが呟く。
 格納庫の外が騒がしくなる。ミナトが武器を構える。
「おい、入って来るぞ」
 船の周囲を探っていたリンタロウがミキを呼ぶ。
「王女、こっち」
 移民船の入り口がミキの声に反応し、シュン、という空気音を発して開いた。ドアが閉まるとそこは暗く狭い通路。
「外に来ているのは鹿丸たちだ。鹿丸たちの襲撃の目的は王宮に蓄えられた『キューブ』だ。だが調べたところ、『キューブ』はこの船で運び出されるらしい。『キューブ』は、誰が、どこへ、持ち出しているのだ?」
「この船が移民船なら、答えはひとつだな」
 呟いたのはヤマトだ。
「……どういうこと」
 ミキの声も表情も固い。見開いた瞳が闇に潤んでいる。
「私の口からは」
「……つまり、この船で宇宙へ逃げ出そうとしている。ありったけのキューブを持って」
 ヤマトは沈黙で肯定する。
 それではこの船に乗っているのは誰だ?
「まさか……」
 その時、爆発音がしてミキの声は遮られた。一同は入ってきたドアから離れ、通路の奥へと走る。先には更にドアがあり、先頭にいたヤマトが銃を構えたのと同時にドアが開いた。
 リンタロウとエビスマルはネオ・ホンコンから携えてきた自衛用の拳銃を持っている。殺傷能力はなく弱い電流で気絶させるだけだが、身体のどこに当ってもダメージは与えられるので、射撃訓練を受けていない戦闘の素人には重宝する。時空を旅することを生業とする者は、命を奪ってはならない。

 ドアの向こうは銀色に明るいホールだ。円いホールの中央は天井がなく、吹き抜けになっている。その吹き抜けの両側に1基ずつガラス張りのエレベーターが設置され、ちょうど片方のエレベーターの下階からもう片方のエレベーターの上階に向かって、2本の螺旋階段が伸びている。更に広間内に4〜5箇所ガラスの筒が立っていて、どれもエレベーターのようだ。船の中と言われなければ、小さな空港のような印象だ。
 ホールに人の気配はない。が、上階でバタバタと行き交う靴音がする。ヤマトは迷わずに中央の吹き抜けへと駆けていき、すぐ後をタカが追う。二人は上を伺いながら階段を上がりだした。
 1フロア上にはホールはなく、倉庫のような大きなドアがいくつも並んでいる。恐らくここが貯蔵施設だろう。
「ヤマト、僕はキューブを探す」
「任せた。俺は国王を」
 国王、という言葉に皆が一瞬静まった。誰もが思いながら口に出来なかった。そう、この巨船の主は国王に違いない。
「リンタロウさん、付き合ってくれますか?」
「わかった。エビちゃん、ヤマトと姫を頼む」
「へっ?」
 事態を飲み込めないエビスマルをよそに、タカとリンタロウは貯蔵フロアの奥へ消えていく。
「え、…って、えーーーー!!!?!」
「いくぞ」
 ヤマトが低く言って駆け出す。ミキがエビスマルの肩を、とん、と叩いて、
「よろしくね、エビちゃん」
と言うなり、ヤマトを追う。エビスマルは慌ててミキに続いた。

 貯蔵フロアのフロアは居住区だった。入ってきた階より更に一回り広いホールはカフェスペースになっていて、食事や休憩ができるテーブルとベンチが並び、それらを取り囲むように、食事を提供するカウンター、必需品の配給窓口、図書スペースなどの様々な施設が並んでいる。その更に外周をぐるりと通路が巡り、通路の外側の壁には居室のドアが並ぶ、同心円上の構造だ。ホールのあちこちには木が植えられ、太陽光に似た穏やかな照明があたりを照らしていた。
 銃を構えながら現れたヤマトを見てホールに居合わせた人々はざわめいたが、ヤマトは相手が非戦闘員だとわかると無言で更に上を目指した。
 船は全部で五層あるらしい。最下層が入ってきたところで、エンジンや燃料などの大半はここに集中しているようだ。続いて二層目が貯蔵フロア、三層目が居住区。船全体がどら焼きのような円盤形をしているので、ここが最も広い階のようだ。吹き抜けを見上げると上にはあと二層で、分厚いガラスの天井が蓋をして終わりだ。
 四層目。中央のホールはぐっと狭くなる。三層目とはうってかわって無機質な壁とドアに囲まれ、放射状に通路が伸びる。
 そして最上層。
「お父様!」
 三人を銃を構えた兵士が取り囲む、その中央に国王が居た。
「お父様、何故……」
 ミキが問いかける。ヤマトは冷静に見回し、かつての自分の部下の顔を探した。
「姫、よくここまで来たな」
 国王が応えた。
「何故?それはそなたが一番よく知っておろう。」
 王は玉座に座っている。王宮で鹿丸に討たれた時に座っていたものほどではないが、十分に煌びやかな。王宮を捨て、この船で残りの人生を生きるつもりなのか。
「逃げる……つもり……?」
 王宮を捨て、国を捨て、民を捨て。
 信じられない思いでミキは父王を見る。確かに王政は苦しかった。あちらを立てればこちらが立たず、民の訴えはとめどなく、臣にはいつも苦労をかけ、外交は常に一触即発で、それでも最善を尽くして治めてきた父。その父が。
「そなたの詰(なじ)りは聞き飽きたわ」
 国王はいかにも退屈そうに吐き出す。
「姫はいつもいつも煩いことしか言わん。やれ民を想え、臣を尊べ、いい歳をして嫁にも行かずかわいげがない」
 違和感を感じたのはヤマトが先だった。
「そんな……お父様は私をそんな目で見ていたのですか?」
「姫、」
 必死で父王に語りかけるミキの腕をヤマトが掴んで引いた。
「姫、違う」
「え」
「これは我々の知っている王ではない」
 時空の歪みだ。
「恐らく時空を超えた時に、変わったんだ」
 国王は聡明な人物だった。少なくとも自らの姫に対しこんな俗な物言いをする、そんな人間ではなかった。
「王、そろそろお時間です」
「おお、そうか、そうであったな。姫、そなたはこの腐った星が余程好きと見えたから、置いていってやろうと思っていたのだが。残念ながらもう出発するぞ。どうだ?私と一緒に来るか?」
 国王はニタリと嗤う。ミキは背筋がぞくっとした。
「そこに跪いて心から詫びるならこれまでの非礼を許してやらんでもない。育ててやった恩も忘れてぬけぬけと綺麗事を抜かす娘だったが、この先何かと使いでがあろう。植民するにも女は多いほうがいいからな」
 合図を送ると、くぐもった振動音と共にガラスの天井の上の鋼鉄の屋根が開き、曇天の空が現れた。今にも荒れ狂いそうな薄黒い雲が渦巻いている。
「行かせるか!」
 美しい宝石があしらわれた護身用の短剣を抜いて、ミキが床を蹴ったその瞬間、銃声が響いた。
「姫!」
 抱き起こした身体に紅い血が滲んで広がる。苦しそうに閉じた瞼を薄く開いてヤマトを見ると、何か言いかけたが、声の代わりに溢れ出たのは鮮血だった。
「かふっ……」
 ミキはそのまま目を閉じ、小さな身体は力を失った。手足の先が冷えていき、呼吸が止まり、急速に死へと引きこまれていく。
「エビスマル!時間を!」
「えっ?」
「時間を戻せ!すぐだ!五分でいい、頼む、その」
 ヤマトはエビスマルの腕時計を指す。
「それでできるはずだろう?時間屋!」
「そんな無茶な……」
 時間を戻すことはできる。五分くらいなら問題ないかもしれない。だが。
「リンタロウさん……」
 リンタロウはいない。判断するのは自分しかいない。だが、時間を戻したその先を、エビスマルには予想できない。けれどミキが死んじゃ駄目だ。三人を銃口が取り囲んでいる。生きて戻るには。
 ——ヤマトと姫を頼む。
「ああもう、どうしたらいいんすかー!」
 どうとでもなれ。
 エビスマルは時計の針を五分戻した。

<中編>

 リンタロウとタカが忍び込んだ倉庫の中は、大小のコンテナが積み上げられて迷路のようだ。
「リンタロウさん。実は僕、お願いがありまして」
「ITTAからか」
「そうです。ITTAの所長から極秘任務を受けて来ました。地球における人類はもはや衰退期に入っています。現在地球上にあるすべての船と燃料をかき集めても、宇宙移民は全人口の3割までが限界と言われています。残された人々は哀れな末路を辿るでしょう。ITTAは地球に残った人々の、古代地球への大規模移民を計画しています」
「古代?」
「正確には西暦時代の、古代から中世にかけて。食料と水が豊富で、現代の人間が生きていける最低限の文明があり、まだ人類が世界の全容について把握していない時代です。一気に人口が増えると生体バランスが狂うので、コミュニティごとに分けて……注意深い計算が必要です」
「西暦時代……懐かしいな」
「そうです。我々は過去についての記憶を失ってしまった。歴史書の中の時代がどのような世界だったのか、想像してもいまいちピンとこない。貴方ならそれを知っているはず」
 リンタロウが西暦2000年代に飛んだことを、タカは言っているのか。
「……受けていただけます?」
「私のメリットは?」
「さあ」
「断ったら?」
「それはないでしょう」
 タカは微笑んだ。これは賭けだ。手の平が汗ばんでいる。
「だって、ご自分の依頼でしょう?」
 リンタロウは立ち止まった。ちょうどコンテナの迷路が切れ、代わりに鼠色のカバーに覆われた塊が立ち並んでいる。そのうちの一枚をめくると。
「あった」
 膨大な量のキューブ。すべてに異なるコードが印字されている。
「これは一体、何年分の……いや、何人分の」
「しっ!」
 背後がにわかに騒がしくなる。
「来たな」
 リンタロウは薄く笑って振り向いた。
「おいてめえなんでここに!」
「やあ鹿丸。なんでもなにも、この情報を君に教えたのは私じゃないか」
「失礼、ご友人ですか?」
と、タカ。
「えー!ボスのダチっすか!?」
鹿丸に続いてわらわらと現れた鹿丸の手下たちがどよめく。
「いや、銃を突きつけられたことしか」
「誰がこんな得体の知れないヤツと!」
「で、これからどうする?国王は一足先に私の連れが押さえに向かったが」
 その時だ。振動音とともに、床が傾いだ。
「船が!」
「船が出る……」

 賭けに勝ったのか負けたのか、有耶無耶になってしまったな、とタカは思った。

<後編>

 気付いた時、ミキはヤマトの亡骸を抱いていた。
 何故こうなったのかわからない。

 その五分前、船の最上階。ミキとヤマトとエビスマルは王と兵士たちと対峙していた。
「待っておったぞ、この反逆者め!」
「お父様!?」
「お前がヤマトを懐柔し私の近衛隊を丸め込んで、この国を乗っ取ろうとしていることくらい、私が気付かないとでも思ったか」
 ミキは混乱した。この父は一体何を言い出すのか。
 ヤマトが囁く。
「時空のルールだ、姫」
「え?」
「物理法則だと、あいつ、リンタロウが言っていた」
 そうだ。時空のルールは物理法則だ。確かそう言っていた。解明できていないがルールは存在すると。
「あいつが何を言っていたか、ようやく分かった。時空を遡ると歴史が変わる。だからタブーなんだ。俺たちはタブーを犯して国王を救おうとした。でも王は救えなかった。桔梗のクーデターの代わりに鹿丸が暴動を起こした。歴史が変わったんだ」
「それが、物理法則?」
 ヤマトは首を振る。
「いや、物理法則は歴史が変わることじゃない。王が死なないように俺たちは動いた。その結果、王は生き、姫、あなたが撃たれた」
 ミキがはっと息を呑み、胸を押さえた。撃たれた記憶が甦る。
「宇宙のルールは、たぶん、生命の数だ。その絶対的な物理法則で、今ここで誰かが死ぬ運命にあるんだ。それは国王のはずだった。それを歪めたから、代わりの犠牲が必要になった」
「では、私は死んだの?お父様に撃たれて?誰かが死ななければならないから、お父様の人格が変わってしまったというの?」
「それはわからない。しかし辻褄を合わせようとする力が働くのだと思う」
「私たちの……私のせいで?」
 確かに未来の為に国王を救おうとした。しかしこれは望んだ未来ではない。
「異なる未来が存在すると同時に異なる過去が存在する……?」
 それまで黙っていたエビスマルが考えこむように呟いた。
 複数ある未来に複数の過去。
「姫と対立する王様という歴史が異なる時空にパラレルに存在していて、そこに迷い込んでしまった……」
「すっかりSFの世界だな」
 どこからかリンタロウの声がした。
 その瞬間、銃声が響いた。

「我々は常に未来に向かう一方向の時間の流れの中にいると仮定する。通常、ある選択の結果の未来はひとつしか存在しない。しかし仮に、無数の選択の果てにそれぞれ異なった未来が存在するとする。するとひとつの過去とひとつの現在に対して、複数の未来が存在することになる。それは樹形図のように広がっていく。だが果たしてその場合分けは未来にのみ適用されるのか?過去へのタイムトラベルによって、同じことが過去についても起きると仮定すれば、歴史はひとつではなくなる。唯一無二の歴史が変わるのではない、歴史はそもそも複数存在していると考えることができる」
 エビスマルは気付くと薄明い靄に包まれていた。どこからか現れたリンタロウが時間を止めたのだ。傍らには跪いたミキと、その腕の中には銃弾を受けて倒れたヤマト。どう見ても致命傷だ。
「リンタロウさん!ヤマトを助けて!」
「ムリだ」
 さらりと即答する。
「そいつが自分で言っていただろう。誰かが死ぬ運命にあるのだと。私は時間を操れても、ひとの生死には介入できない」
「……死なせないわ」
 ミキが絞りだすように言った。
「それなら運命に従う。でもヤマトは死なせない。あの王が生きて逃げて、ヤマトが死ぬ、この歴史が正しいはずはない」
 明るい靄の向こう、父王を見る。怒りを湛えた瞳から涙が溢れた。何度も足掻いて、ようやく父との決別を覚悟した。何が正しいか?それは自分で決めなければならない。
「リンタロウ、もう一度、時間を戻して」
 過去に戻ったその先の未来の残酷さに打ちのめされそうになりながらミキは言った。

「お父様!」
「おお、姫!待っておったぞ」
 吹き抜けの階段を駆け上がり、船の最上階に辿り着いたミキを、王が抱きしめた。
「もうすぐ出発じゃ。間に合わんかと思った」
「お父様、この船で何処へ?」
 父の腕の中で、ミキは尋ねる。
「植民星だよ。移民局に手頃な星を探してもらった。姫もきっと気に入る」
「私たちだけ?お父様。国民は?置いていくのですか?」
「何を言う姫。こんな星早く逃げようと言っていたじゃないか。とうとうその日が来たんだよ」
 ミキは父に抱かれたまま、そっと目を伏せた。その頬を涙が静かに流れ落ちる。
 もう、ミキが敬い愛した父はいないのだ。それどころか自分自身の存在すら危うい。
 あの夜、ネオ・ホンコンで、歴史を変えてもいいとミキは言った。
 その代償が、これか。
 目の前にはとても尊敬に値しない逃げ腰の老人がいるだけ。
「お父様」
 それでも愛していた。たとえ殺したいほどに自分を憎んでいても。あるいは自分を利用することしか考えていなかったとしても。
 ミキは父をきつく抱いたまま、くるりと半回転した。
 ちょうど吹き抜けの端に背を向けた格好の王の心臓を、下階にいた鹿丸が撃った弾が貫き、躯はそのまま第1層まで落ちた。

 歴史は変わっても
 運命は変えられない

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