Part 2 Chapter6 —Dawn of Genesis—

<前編>

「船の動力を停止させなさい!積み荷のキューブを配給に回すのよ」
 王を失った兵士たちにミキが命じる。どこか遠くで爆音が響いている。
「姫、キューブはもう備蓄がありません。今この船に積んである分だけで、工場も原料が尽きてラインが停止しています。これを配ってしまうと船の食糧がなくなります」
「各地の工場の倉庫は?」
「おそらくほとんど残っていないかと。農業地帯では計画栽培の農産物を食べて凌いでいるはずですが、全容は把握できていません」
 ミキは呆然とした。この国はもはや国家として存続できていないのではないか。
 遠くの爆音は間断なく続いているようだ。ヤマトは兵士の中から見知った顔の近衛兵を捕まえた。
「おい、外はどうなっている」
「北海道地区で起きた内戦が全国に飛び火して、トーキョー・シティは昨夜から戒厳令が布かれています」
 爆音が船を包んだ。
「姫、このままでは危険です。王宮は包囲されていて逃げ場がありません。一旦この船で退避しましょう」
「私は宇宙へなんか逃げないわよ。それにキューブを持ち逃げするなど許されないわ。あれはここで生きる人たちのものよ」
 ミキは吹き抜け越しに階下に向かって怒鳴る。
「鹿丸とやら!外にいるのはあなたの仲間でしょう?キューブの配給はあなたがたに任せたわ。包囲を解きなさい。いいわね?」
 下で聞いていた鹿丸は苦笑する。
「なんだあの女は。俺に王を殺させておいて、女王気取りか」
「悪くないだろう?」
 リンタロウが微笑む。
「君の欲しかったキューブは手に入ったし、彼女と手を組めば軍が味方について君らは反乱者じゃなくなる。彼女は国民を守るために全力で働いてくれるだろうよ」
「信用できるのか?あの王の娘だぞ」
「信用できないのはお互い様だ。私はいま何が必要なのかしか考えていない」
 は!と鹿丸は笑い声を上げた。
「確かにな。そんな徹底した答えを聞くとむしろせいせいするぜ。で、お前はどうするんだ?」
「私は」
 リンタロウは、ふと思いついて言った。
「鹿丸、あのガスマスクの男に会いたい。あとで訪ねる」
「は?喪舞さんか?そりゃ勝手だが、お前、姫さんと一緒に行くんじゃないのか?」
「いや。もうそろそろ役目は終わったみたいだ。ここを出たら会いに行く。そう伝えておいてくれ」
「わかった」
 手下を連れて身を翻した鹿丸の背中に向かって、リンタロウは呟いた。
「キューブはすぐに底をつく。その前に『移動』させないと、病人達は助からない」

「ヤマト!このままじゃ船がやられる。退避するわ。一緒に来て!」
「御意。でも姫、外は結構大変なことになっているみたいですよ」
「……考えてみたら日本は滅びる運命だったのかも。国王は死ぬ運命だった。運命は変えられないって、あの金髪が言ってたのは、その通りだったんだわ」
「まぁ、国が滅びようが地球がなくなろうが、俺は姫について行きますよ」
「ありがとう。言っておくけど、国が滅びようが地球がなくなろうが、私は自分だけ宇宙へ逃げたりしないわよ。でも……この船は守らなければ」
 この船がいつかこの世界の閉ざされた未来を拓くかもしれない。
 船の収容人数はこの時点で世界に存在する移民シャトルのどれよりも群を抜いて多く、新品の設備は最先端の技術が凝らされていた。

 船の名は<彼方>と記されていた。
 <彼方>にいた兵士たちは、シャトル発着ポートに停まっていた十数台のシャトルに分隊ごとに分かれて乗り込んだ。王宮の大天井が開き、<彼方>とシャトルはすべて上空へと退避した。
 ミキは<彼方>を指揮し、日本政府は暫定的に王宮を放棄し政府機能を移民船に移すと宣言した。
 鹿丸らは総出でキューブを運び出し、アジトに持ち帰って配布した。当然のように市民が殺到したが、キューブを配っているのが武装したゲリラたちなので騒動を起こす命知らずはいない。配布は概ね秩序だって行われた。
 リンタロウはエビスマルと合流し、<彼方>の離陸直前に船を降りた。戒厳令下のトーキョー・シティは不気味なほど静かだった。
 一夜明けて、トーキョー・シティの上空に大型の軍用シャトルが十数機到着した。<彼方>に着艦したシャトルから降りてきた人物にヤマトは一瞬身構えたが、彼—桔梗に戦意はなく、ミキから状況の説明を受けると部隊を指揮して市街の治安維持に回った。
ミキが予言したとおり、日本国王の死去を受けてアジア地域は騒然とした。

 日本国王の死後、間もなくして<彼方>は世界最大級の移民船として近隣の植民性へ移民を運ぶことになる。宇宙空間を何往復もする旅の指揮はすべてミキとその側近が統率した。

<中編>

 ただでさえ狭いガスマスク男の部屋—元はそこそこの広さがあったのかもしれないが、たくさんのスピーカーやらモニターやら操作ボードやらの訳の分からない機械とそれらを繋ぐコードに埋め尽くされて、わずかな空間しか残されていない―に集まった男たちに、当のガスマスク本人は面食らっていた。
「あのー、……どちらさん?」
「私はリンタロウ。そっちはエビスマル。ネオ・ホンコンで時間屋をしている」
言いながら部屋に一脚しかない椅子にリンタロウは腰掛けて脚を組んだ。タカがその斜め後ろに立つ。
「彼はITTA月支部長のタカ」
「……ITTA?」
「国際タイムトラベリング協会です」
 リンタロウの後を引き取ってタカが続ける。
「我々は調査の結果、地球における人類の生存は行き詰ったと結論づけました。残る人々を安全な世界へ脱出させるため、あなたに協力いただきたい」
 3人を連れてきた鹿丸は、壁に寄りかかろうとしたらそこにも機材が積んであって崩れそうになり、舌打ちをして閉まったドアに寄りかかっていた。エビスマルは立ち位置を見つけられず部屋の隅を行ったり来たりしている。
 突拍子もない話に呆気にとられるガスマスク男を置き去りに、タカは話を続ける。
「具体的には、ITTAの技術でワームホール……時空の穴を作り、人々を『過去』へ移動させます。ここ数世紀で地球の人口は減り続けている。数十万人単位での移動を予定していますが、当然地球上のすべての人間を送るわけにはいかない、せいぜい30から50回がいいところと踏んでいます。ちなみに宇宙移民も進んでいますが、移民船の耐用年数的にこちらも早晩限界が来るというのが通説ですね。時空間移動は、この宇宙移民の補完的計画と捉えていただきたい。時空間移動に使うワームホールは、移民船よりも大勢を移動させられますが、人を一箇所に集めなければならない。そこで」
タカが一旦言葉を切った。代わりにリンタロウが口を開く。
「コンサートをしたい」
「……あー、えーと、まさか、俺、の……?」
「そう、あなたの音楽と機械を使ってね」
 ガスマスク男は返事の代わりに大音量の電子音を響かせてこれを快諾した。

 タイムトラベルで古代地球に行くという「もうひとつの脱出法」の噂は、静かに拡がっていった。勿論陰の立役者として走り回ったのは鹿丸の仲間たちだ。
 他方、待てども待てども順番が回ってこない移民パスへの不信感も鬱積していた。その間にも食糧難と異常気象は容赦なく深刻化していく。このまま待っていても移民船には乗れないかもしれない。各国の王族・首脳クラスが次々に脱出していくのを見送りながら、もしかして自分たちは見捨てられたのかもしれない。そんな思いが残された人々の間に生まれていく。
 タイムトラベルするには、シークレットで行われる「タイムトラベル・ライブ」に参加すればいい。発行基準が不明瞭なパスなどは一切不要だ。先導しているのは国際中立の立場のITTAと、有志による自衛部隊。私利に走り、いち早く逃げ出した国王や首脳たちよりは信頼できるではないか……。
 だいいち、植民星に行けたからといって身の安全が保証されているわけではない。宇宙旅行などしたこともない市民は多い。運良く辿り着いても、未開の土地、慣れない気候、ドームや地下に閉じ込められての生活……そんなものが待っている。
 その漠然とした不安に立ち向かうよりも、代々慣れ親しんだ地球の過去にゆく方が、まだしも安心できるのではないか。まだ人の手に荒らされても汚されてもいない、古代の地球。
 豊富な食糧、清涼な水、清浄な空気の。
 まだ重火器のない、戦いのない、美しい世界へ。
 誰も見たことのない、生物のふるさとの地球へ。

<後編>

***

人はいつの時代も破壊の神に魅入られながら歴史を刻み続ける

血まみれの旗のもとに

何度でも生まれかわる、残酷な世界

繰り返される運命

約束の地は、永遠に遠い

***

 野外ライブは夜明け前に始まった。
 日暮れから集まりだした観客は夜半には広場を埋め尽くすまでに増えた。照明が少ないのでお互いの顔は殆ど見えない。冷え始めた初秋の夜気に、吐く息がうっすら白い。
 はじめは低く、低く……不安な音が地面から這い登ってくる。
 やがて内耳を引っ掻くような電子音が生まれ、徐々に膨れ上がり、限界まで大きくなる。聴衆が思わず耳を塞がんばかりになった時。
 突如、青白いライトが閃いてステージを照らし出した。
 集まった群衆に前も後ろもなかったので、ステージは群衆の中央付近に出現した。人々の頭上に3D映像で映し出されたステージの上にはCGアニメーションの少女が立っている。少女の桜色の小さな唇から透明な唄声が流れ出て、伏せた睫毛がゆっくりと開き、大きな瞳が集まった人々を見渡した。
 いつの間にかギターとピアノの旋律が唄声を彩っている。奏でているのはリンタロウだ。ドラムパートはエビスマル。……懐かしいな、とリンタロウは思った。まさかまた音楽を奏でる日が来るとは。

 広場は静まり返り、人工の少女の、祈るような唄声だけが響く。

生まれかわる、残酷な世界
それでも
明日があるなら

 東の空の星が消え、遠い水平線に一筋の光が差す。やがて群青から薄紫色に明けてゆく。
 タイミングを測っていた鹿丸が赤い髪を翻して叫んだ。
「さあ!明日へーーー」
 いくぞ、という最後の言葉は音に飲み込まれた。ガスマスクがすべてのボリュームコントロールを最大にする。エビスマルがコンピュータに座標を特定する長いコードを打ち込む。
 リンタロウは深く息を吐いて、ワームホールを開いた。
 誰かが空を見上げ、一人また一人、やがて全員が空を仰いだ。光る粒に空が覆われていく。エビスマルはこれまで何度もワームホールを見たことがあるが、予想を遥かに超える大きさに戦慄を覚えた。ワームホールは更にどんどん膨れ上がり、群衆を飲み込んでいく。やがて球形のワームホールの中央付近が眩しい程に光り、そこにいる者の姿が光の中に消える。
 夜が完全に開けきった時、そこには誰もいなかった。
 銀青色に鈍く光る波が寄せては返し、寄せては返しして、先程まで大気を埋め尽くしていた電子音の名残を探すかのように、砂浜に波音を打ち寄せていた。

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